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今回の講師である庵さんに起業家に至るまでの経歴とこれから起業する際のアドバイス等のお話をいただきました。 庵さんが就職のことに興味を持ったのは、 高校時代の時で、松下電器の松下幸之助さんの本を読んだことがきっかけだったそうです。 その後、松下電器に就職し、わずか19歳でアメリカのシリコンバレーに派遣されました。 当時のシリコンバレーではリストラが相次いで行われており、現地の人に「10年後になれば日本でも同じようにリストラが始まるよ」と言われたことがきっかけで、「自分で生きる力をつけなくては」と考えられ30歳で会社を辞めようと決意したそうです。 20代前半の時には、海外でたった2人で工場設立を任せられた、苦悩の時期を乗り越え、無事に工場設立したときの達成感と、現地住民のため(誰かのため)に仕事をすることの喜びは、今でも忘れられないと語ってました。 そこで共に事業にあたった部長さんの話の中で起業家になるためには、 「新しい発想を持つこと」 「自分にしか持ってないものを磨くこと」 「行き詰まっても悩まないこと」 の3つのポイントが重要だとおっしゃってました。 皆さんは、10年・20年後の自分を考えたことがありますか? 私は、庵さんの人生経験をお聞きして単に起業家としての考え方だけでなく、人としての考え方を改めて考えさせられました。 皆さんも「これから自分が何をするべきか?」ということを一度考えてみてはどうでしょうか? |
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マツハヤグループは、会社設立当初食料油を売っていました。 戦争中は、船舶用の燃料に着眼し、戦後は漁船などの漁業関係への燃料供給に力を入れていました。 食糧難も手伝って、漁業関係は大変な成長を見せました。昭和28年、長崎市内に初のガソリンスタンドを設立。当時は自家用車を持っている人は少なく、ほとんどが業務用(タクシー、トラック)への提供だったそうです。 高度成長期に突入し、3c(car、colerTV、cooler)と呼ばれた時代にニーズに合わせてガソリンスタンドを増やして行きました。 しかし、石油だけの経営では厳しい現代、コンピューターの分野にも踏みこむことになりました。 昭和56年、松本さんはコンビニの在庫管理のためのソフトを自ら開発。 その当時は、在庫管理をすべて紙面上の帳簿で行っていたので、顧客データなどの関連づけができていませんでした。 その為、無駄になる商品も多かったそうです。 コンビニの在庫管理ソフトを開発することで、在庫の数を確実に把握できるようになり、無駄なコストを削減できるようになりました。 そこに今日のコンビニの発展があったように思います。 ○携帯電話 携帯電話は当時、芸能人か金融関係者が持つという風潮があったそうです。 価格が高く、一般大衆に受け入れられるには程遠いものでした。松本氏は、広く薄くというコンセプトの元に、一般消費者を対象にしたビジネスをされました。 ユーザーが増えないとビジネスは発展しません。携帯電話もそのひとつで、価格を下げ、誰でもが買えるようにしたことで、現在の普及にいたりました。 松本さんは、オフコンをIBMの方に教えてもらったそうです。 そのとき、IBMの方にアドバイスを受け、ソフト化に踏み込んだそうです。 携帯の販売もされていますが、NTTの営業マンを紹介してもらったときに、親しい関係を築きあげて、ドコモの販売権を得られたそうです。 このように、いろいろな人との共同作業、コラボレーションを作って行くことが会社経営の基本となるそうです。 つまり、 「会社経営は、人と人との場を作っていくことが大切」と語られました。 マツハヤグループでは、昭和時代、石油の販売が主でした。 しかし、今ではIT、携帯の分野がグループ全売り上げ中8割を占めているそうです。 ビジネスは常に変化しており、常に時代の波を追い求めていかなければならないのです。 そこにマツハヤグループの発展の原因があるんだなぁと実感しました。 |
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